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希望にあふれた何かをしたい

たまに何かを吐き出したり、整理したくなって、ブログを書き続けようと試みるもいつも続かなくなってしまう。で、定期的にまた書きたくなる。それが今日だった。

将来に対する不安、そして他者に対する羨望から逃れられない中日々過ごしている。

「これでいいのか。それが幸せなのか」

人材教育系のセミナーや、就活セミナーではよく問題提起されていそうだけれど、やっとその命題の重要性に気づくのは社会人になって、抱いていた理想はどこへやら、ただがむしゃらに日々歯を食いしばって消費してきた後だった。

会社を辞めたい、と思う日は何回もあった。朝起きるたびに希望を感じないことなんてざらだった。でもなんとか続けているのは、職の断絶に耐えうるストックがなく、しかし安定的なフローはただただせき止めることもできないからだ。

自分にとって専門性をつけたい、と思い、中国語を始めた。初めのころはとんとん拍子でステップアップを感じるのがとても楽しかった。でも限界的な成長率はどんどん提言していって、それが自分のモチベーションを高めていない最近。

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そんな中、本当にすごいなと思うのが、別の道を歩み始めて医者になるために大学に編入するひと。入学を知った時はそれは大変驚きであると同時に、そうした決断ができることをすごくうらやましく思った。

自分自身、別の道を歩もうとして、多額の投資をしたものの、結果その通信教育の教材は古紙回収に出されていった。つみあがったその教材を見るにつけ、心が苦しくなり、結果捨てた。

自分の人生を思い返しても、全力で頑張って、何かを成し遂げた、なんて胸を張って言えることがない。そうした自分からして、編入ののち、今年卒業していく先輩を見て、本当に素敵だと思うし、尊敬する。

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少しでも自律したい、というのは大学性の時からの思い。

今年こそは今年こそは、と言葉だけで終わらせてきた。

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予備試験から司法試験受けてみる、というのは、誰にも言いたくないけど、ひそかにしっかりと前に進めていきたい。

読書録

最近小説の世界に浸ることが多い。

結構な頻度で読んでるし、考えるいいきっかけでもあるので、これからこまめに読書録をつけていこうと思う。

 

1.マスカレード・ホテル/マスカレード・イブ





 

東野圭吾で初めてトライしたのは『パラドクス13』。ミステリーというか、SFというか、初めての世界観だった。

それと比べたら幾分か人間界に近づいた話だが、やはり発想が新しいひとだなあという印象。読んでしばらくたったので記憶も薄れているけど、すこしキュンとするシーンもあったりして、僕としては好きな部類だった。

 

2.コラプティオ

 

 


Amazon.co.jp: コラプティオ (文春文庫): 真山 仁: 本

ハゲタカの作者が書いた官邸小説。ハゲタカはドラマ・映画しか見たことがないけど、えがかれた世界に強くあこがれた。本作についてもまた同じで、いつか官邸で働いてみたいとさえ思ってしまう傑作。これについては、詳しく別のエントリーででも書きたい。

 

3.すべてがFになる


Amazon.co.jp: すべてがFになる (講談社文庫): 森 博嗣: 本

伏線の回収にぞくぞくする小説を読みたいと思っていたら以下のようなまとめがあって、手に取りました。


伏線の回収にゾクゾクする…日本の小説7選 - NAVER まとめ

ちょうどいまドラマでもあってる、ということで、大衆小説が大好きな僕はすかさず手に取ったのが本作。東野圭吾もそうだけど森博嗣も大学の先生ということもあり、理系の知識を使ったトリックにわくわくする作品。

ただ、少し難しかった。でも、生きるとかそういった抽象的な事柄を、あたりまえのロジックで考えたらこうなる、という「何でもないことへの哲学」がちりばめられていたのは、おもしろかった。

 

なんかあまり詳しく内容を覚えていないことばかりだったのもあって、稚拙な読書録になってしまったけど、こんどから読んだらすぐにレビューしてみたいと思う。

きらいなひと

 上司が嫌い。言動も、そぶりも、見た目も全てが嫌い。

・嫌いというのはエゴだ、
・自分の努力が足りないからだ、
そう考えようとした。かれこれ数ヶ月。でももう自分の感情を認めたい。

※※※

夜道を歩きながらこの文を書いている。
こんな日終われと思う日。今日みたいな日。家族から嫌な電話がかかって来た日。

片方で、いつまでも終わらないでくれと思う日。休みの日とか、幸せなときとか。

※※

すき焼きを食べた。とっても食べたかった。食べずにはいられなかった。
身も心も寒かった。冬のせいだけじゃなかった。

誕生日

1.経緯

○ 今週、妻の誕生日ということだったが、妻のほしいものも分からず、試行錯誤をこらし、結構時間をつかった。たしかにお金も使った。でも自分ではいいと思っていた。結果、妻が期待していた形とは違う形で祝うこととなり、妻はデートの途中で帰ってしまう。

○ その後、気持ちだけでうれしいから、誕生日は祝わなくていい、と言われ、ぼくはあまり納得できないでいる。僕にとって、パートナーの誕生日がどんなもので、どうしたいと思うものなのか、整理したい。

 

2.僕が考える「誕生日」とは

○ 誕生日は2つの点で特別なものだと思う。1つ目はパートナー二人にとっての記念日であったり、クリスマスのような世界中がお祝いするものでもなく、その個人のための、「人的な唯一性」。2つ目は、(記念日としての必須条件である)サイクリックな時間軸(年)のなかで一回しか来ない「時間の唯一性」、

○ 僕は自分の誕生日を心待ちにしてしまう。なぜなら特別に自分のことを考えて手紙を書いてくれたり、メッセージをくれたりするから。自分のことだけを考えてくれる、そういった特別性を独り占めできる、いわば主役になれる日が年に1回だけくる。そんなすてきなことがあるだろうか、と考えてしまう。

○ そしてそれは、あくまでも自分の考え方だけど、祝われた具体的な結果(いってみればプレゼント)よりも、その過程、つまり自分のことをたくさん考えてくれた、という時間に対する敬意が誕生日を幸せにしてくれるものだと思う。

 

3.自分の何が否定されたの

○ まず、ぼくは自分がしてもらいたいように他者に対して接していきたいと思う。そして、その指針に基づくなら、他者の誕生日についても同様の扱いをするのはごく自然な行動だと思う。自分の最愛のパートナーであるならそれはなおさらだ。自分と一緒にいることで、特別な存在だと感じてほしい。だからこそ尽くしたいと考える。それは自然なことだと思う。

○ 自分が楽しみにするような誕生日を、パートナーにも味わってほしい。だから計画するのは非常に楽しい。そして、パートナーのために払う金銭面・時間面両方のコストは相手への敬意そのものだと考えている。

 

3.パートナーにとって腑に落ちなかったもの

○ そんななか、パートナーにとって気に入らなかった点は2点あると思っていて、まず「一点の目標へ至らしめるまでのロジの甘さ」。そして、「お金の使途は別にもっと優先順位が高いものがある」。だから「今後はケーキだけにしよう」という。

○ 1点目については確かに反省すべきだと思う。しかし2点目については、そもそもお祝いとはそういうものではないか、という気持ちが強い。

○ 結婚式だってそう。正直あんなにお金をかけてやる必要なんて先に述べた「金銭面・時間面での敬意」以外にあるのだろうか。とくに結婚の儀式で言えば結納なんて、まさにその最たる例だと思う。

 

4.所感・今後

○ 自分にとってこれが誕生日の在り方だ、っていうのが否定され、なんだかボーっとしている。というか、結構びっくりで、ただ機嫌がわるくてそうなってるんだったらそうであってほしい。

○ もし、根本的に誕生日はじめ、お祝いごとについての考え方がそうであるなら、自然とそれを確信する何か決定的なものがほしい。自分も誕生日に対していろいろ期待するのも、ひとり相撲みたいで嫌だ。

○ もし決定的なものがあり、「誕生日にコストを払う意義に対して消極的な印象を持つ」のであれば、僕に対しても同様の対応を求め、僕もそういう考え方に対応するよりほかないとおもっている。

○ しかし、それはとても寂しいことだと、現時点では強く思う。