誕生日

1.経緯

○ 今週、妻の誕生日ということだったが、妻のほしいものも分からず、試行錯誤をこらし、結構時間をつかった。たしかにお金も使った。でも自分ではいいと思っていた。結果、妻が期待していた形とは違う形で祝うこととなり、妻はデートの途中で帰ってしまう。

○ その後、気持ちだけでうれしいから、誕生日は祝わなくていい、と言われ、ぼくはあまり納得できないでいる。僕にとって、パートナーの誕生日がどんなもので、どうしたいと思うものなのか、整理したい。

 

2.僕が考える「誕生日」とは

○ 誕生日は2つの点で特別なものだと思う。1つ目はパートナー二人にとっての記念日であったり、クリスマスのような世界中がお祝いするものでもなく、その個人のための、「人的な唯一性」。2つ目は、(記念日としての必須条件である)サイクリックな時間軸(年)のなかで一回しか来ない「時間の唯一性」、

○ 僕は自分の誕生日を心待ちにしてしまう。なぜなら特別に自分のことを考えて手紙を書いてくれたり、メッセージをくれたりするから。自分のことだけを考えてくれる、そういった特別性を独り占めできる、いわば主役になれる日が年に1回だけくる。そんなすてきなことがあるだろうか、と考えてしまう。

○ そしてそれは、あくまでも自分の考え方だけど、祝われた具体的な結果(いってみればプレゼント)よりも、その過程、つまり自分のことをたくさん考えてくれた、という時間に対する敬意が誕生日を幸せにしてくれるものだと思う。

 

3.自分の何が否定されたの

○ まず、ぼくは自分がしてもらいたいように他者に対して接していきたいと思う。そして、その指針に基づくなら、他者の誕生日についても同様の扱いをするのはごく自然な行動だと思う。自分の最愛のパートナーであるならそれはなおさらだ。自分と一緒にいることで、特別な存在だと感じてほしい。だからこそ尽くしたいと考える。それは自然なことだと思う。

○ 自分が楽しみにするような誕生日を、パートナーにも味わってほしい。だから計画するのは非常に楽しい。そして、パートナーのために払う金銭面・時間面両方のコストは相手への敬意そのものだと考えている。

 

3.パートナーにとって腑に落ちなかったもの

○ そんななか、パートナーにとって気に入らなかった点は2点あると思っていて、まず「一点の目標へ至らしめるまでのロジの甘さ」。そして、「お金の使途は別にもっと優先順位が高いものがある」。だから「今後はケーキだけにしよう」という。

○ 1点目については確かに反省すべきだと思う。しかし2点目については、そもそもお祝いとはそういうものではないか、という気持ちが強い。

○ 結婚式だってそう。正直あんなにお金をかけてやる必要なんて先に述べた「金銭面・時間面での敬意」以外にあるのだろうか。とくに結婚の儀式で言えば結納なんて、まさにその最たる例だと思う。

 

4.所感・今後

○ 自分にとってこれが誕生日の在り方だ、っていうのが否定され、なんだかボーっとしている。というか、結構びっくりで、ただ機嫌がわるくてそうなってるんだったらそうであってほしい。

○ もし、根本的に誕生日はじめ、お祝いごとについての考え方がそうであるなら、自然とそれを確信する何か決定的なものがほしい。自分も誕生日に対していろいろ期待するのも、ひとり相撲みたいで嫌だ。

○ もし決定的なものがあり、「誕生日にコストを払う意義に対して消極的な印象を持つ」のであれば、僕に対しても同様の対応を求め、僕もそういう考え方に対応するよりほかないとおもっている。

○ しかし、それはとても寂しいことだと、現時点では強く思う。